國保陽平監督(大船渡)経歴プロフィール!佐々木朗希を育てた指導法は?

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最速163km/hを投げる佐々木朗希投手の存在で注目されている岩手県立大船渡高校。
その大船渡高校で野球部の監督を務めているのが國保陽平さんです。
現役時代のポジションは外野手で、アメリカの独立リーグでプレーした経験もあります。
将来はきっとメジャーリーグでプレーするであろう佐々木投手にとってはぴったりの監督ではないでしょうか。

プロフィール

國保 陽平(こくぼ ようへい)
生年月日:1987年3月4日
出身地:岩手県盛岡市
経歴:盛岡第一高校→筑波大学→Tsukuba Club→ティフアナ・シマロンズ

現役時代

高校時代、國保監督は岩手県でトップの進学校である盛岡第一高校で野球をされていました。
高校卒業後は筑波大学体育専門学群に進学し、野球を続けます。
大学の同期のチームメイトには坪井俊樹投手(元・ロッテ、現・仙台大学コーチ)がいました。

大学卒業後は、「Tsukuba Club」でプレー。
「Tsukuba Club」は筑波大学硬式野球部OBが中心となって設立された社会人野球のクラブチームです。
その後、2010年にアリゾナサマーリーグに参加。
そこでの活躍が認められ、アメリカ独立リーグのゴールデンベースボールリーグに所属するティフアナ・シマロンズと契約を結びます。
ゴールデンベースボールリーグでは、25試合に出場し、59打数15安打、打率.254、ホームラン2本、打点7と、未来のメジャリーガーたちを相手になかなかの成績を残しました。
しかし、同年限りで引退し、地元岩手へと帰りました。

指導者時代

岩手では、体育教師として岩手県立花巻農業高校に赴任。
それと同時に野球部監督に就任します。
そして、2017年4月より岩手県立大船渡高校に異動となり、同校の野球部監督に就任しました。
2017年4月ということは、佐々木投手の入学と同時です。
運命の出会いですね。

指導方針

國保監督は筑波大学では体育を専攻されただけあって、体の動きなどに詳しく、選手が故障しないように細心の注意を払っている監督です。
前任の花巻農時代から投げ過ぎを防ぐために投手、野手問わず数多くの選手をマウンドに上げるスタイルをとっています。
成長痛などを抱えていた佐々木投手対しても、下級生時代は過度な負荷をかけず、連投なども回避していました。
また、
「私が大学や専門家の方々に教えていただいたことを選手に伝え、選手たちが取捨選択して納得の上で決断するようにやっているつもり」
と選手の自主性も重視しています。

監督としてもかなり信念と度胸のある人物で、
2019年の岩手県大会準々決勝では、前日に194球投げた佐々木投手を完全欠場させたうえで、勝利をものにしています。
佐々木投手はエースであるとともに4番打者で攻撃の中心でもありましたから、それを外すのはかなりの決断がいったでしょうね。
個人的には野手としては出場させるものだと思っていました。
佐々木投手のような投打に傑出した選手がいながら、佐々木投手のワンマンチームにならなかったのは、國保監督のチームマネージメントのすごさだと思いますね。

まとめ

佐々木投手に対しては
「日本を代表して、世界のどの国に出ても一生懸命やっていけるように。野球がすべてではないですけれど、その後の人生につながるようにやっていけたら良い」
と言っています。
國保監督との出会いは佐々木投手にとっては、今後の野球人生に影響を与えるすばらしいものになると思いますね。

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