桃枝丈(北照)退部危機を乗り越え甲子園へ!名前の読みは?

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北照高校のエースで4番打者の桃枝丈投手。
最速143km/hのストレートを投げるサイドスローのピッチャーです。
名前の「桃枝」「もものえ」と呼びます。
今でこそチームの中心選手となった桃枝投手ですが、2年生の頃には野球部を退部しようと考えていたそうです。
どうして思いとどまることができたのでしょうかね?
今回はそのあたりについても詳しく調べて見ました。

プロフィール

名前:桃枝 丈(もものえ じょう)
出身:北海道札幌市
身長:171cm
体重:64kg
投打:右投げ右打ち
ポジション:投手
経歴:札幌市立前田中学校→北照高校

小中学時代

桃枝投手は小学生から「前田リトル」で野球を始めました。
中学時代は「札幌円山リトルシニア」でプレー。
中学卒業後は、北照高校へと進学します。

高校時代

高校では2年夏までベンチ外。
チームは2年夏の南北海道大会を制して、甲子園に出場します。
桃枝投手は打撃投手として甲子園に同行しましたが、実はその時すでに野球部を辞める決意ました。
そして新チーム始動の8月初旬、
「(野球を)辞める」
と固く決意して、学校近くの小樽駅から実家へ向かう電車に乗ります。
実家最寄りの手稲駅の改札から出ると、なんと目の前には北照・上林弘樹監督の姿が!
上林監督は練習に現れなかった桃枝投手を心配して練習を中断。
車で先回りし迎えに来てくれていました。
行動が早いですね!
そこから学校までの約40分。
「今だけの気持ちでやめたら後悔する」
と諭されました。
さらにその夜には、先輩の原田桂吾投手(国際武道大)たちからも
「お前がいないと甲子園にいけない」
と強く説得され、野球を辞めるのを思いとどまりました。
実際に行動するかどうかは別として、“部活を辞めたいと”は誰でも1度は思うことですよね。
そんな時に桃枝投手のことを考えて止めてくれた監督や先輩たちはすばらしい人たちだと思います。
もちろん、周りの人にそういう行動を取らせたのは桃枝投手の人柄であるでしょう。
桃枝投手がただ野球の上手いだけの人なら、監督や先輩たちも止めなかったと思いますね。

8月中旬には上林監督のアドバイスを受け、投球フォームをそれまでのオーバースローからサイドスローに転向します。
2年秋からベンチ入りし、先発を任されましたが、北海道大会は旭川大高に8対15で敗れ、初戦敗退に終わりました。

3年春の背番号9を付けてプレー。
しかし、小樽地区の代表決定戦で敗れ、全道大会にも進めませんでした。
その結果を受け、
「何か変わらないと勝てないと思った」
と春季大会後に投球フォームを再修正。
地面とほぼ水平だったリリースポイントを、約20センチ上げました。
すると自己最速を8km/h更新する143km/hまでスピードアップします。

春までエースだったに水川大地投手が故障したため、3年夏の南北海道大会では背番号1を付けて出場。
全7試合をほぼ一人で投げ抜き、2年連続の優勝を達成しました。

プレースタイル

桃枝投手はスリークォーター気味のサイドスローのピッチャーです。
ストレートの最速143km/h。
変化球はスライダーなど。
3年夏の南北海道大会では、60イニング845球を投げていて、スタミナも豊富です。
また、バッティングも得意でチームでは4番を任されています。
3年夏の南北海道大会では、29打数14安打、打率.483、打点9、ホームラン2本と打撃でもチームを引っ張りました

まとめ

夏の甲子園には今年で5回目出場の北照高校ですが、まだ夏は勝利を挙げたことはありません。
苦しいときに助けてもらった監督や先輩のためにも、桃枝投手のピッチングで夏の甲子園初勝利を達成してほしいですね。

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