後藤丈海(八戸学院光星)は背番号16の元エース!怪我の具合は?

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八戸学院光星の後藤丈海投手。
強気なピッチングが持ち味の技巧派ピッチャーです。
青森県大会まではエースナンバーの背番号1を付けていましたが、右肘を負傷した影響で、3年夏の甲子園では背番号16を付けてプレーしています。
それでも、甲子園の一回戦では先発を任されると、5イニングを無失点に抑え、復活を印象付けました。

プロフィール

名前:後藤 丈海(ごとう たけみ)
生年月日:2001年7月3日
出身:大阪府大阪市
身長:170cm
体重:72kg
投打:右投げ右打ち
ポジション:ピッチャー
家族:両親と兄2人
血液型:O型
経歴:大阪市立鴫野小学校→大阪市立城陽中学校→八戸学院光星高校

小中学時代

後藤投手は小学1年生から「鴫野パイオニア」で野球を始めました。
中学時代は「大阪城東シニア」に所属。
中学2年生時のリトルシニア全国選抜野球大会では2回戦まで勝ち進んでいます。

高校時代

中学卒業後は、青森県にある八戸学院光星高校に進学。
高校では2年春からベンチ入りします。
2年夏の青森県大会では背番号11を付け、2試合に登板。
合計3イニングを投げ、被安打0、奪三振7、失点0の成績で2年ぶりの優勝に貢献しました。
しかし、甲子園ではベンチ外。
「春の切符は自分の力でつかんで、甲子園の土を踏む」
と自分自身に誓いました。

その誓い通りに、2年秋からエースとしてチームを引っ張ります。
2年秋の公式戦では8試合で防御率1.70の好成績で、青森県大会&東北大会優勝を達成しました。
翌3年春のセンバツでは初戦で広陵高校と対戦。
後藤投手は8回を投げ、被安打5、失点2と試合をまとめましたが、味方の援護なく0-2で敗れています。

3年夏の青森県大会には背番号1を付けて臨みますが、大会直前に右ひじを痛めた影響で、わずか1イニングだけの登板でした。
それでもチームは優勝して、甲子園出場を果たします。

甲子園では背番号は2桁の16に降格しましたが、初戦・誉高校戦では先発に抜擢。
後藤投手は監督に起用に応え、5回1安打無四球の好投で勝利に貢献し、復活をアピールしました。

高校同期のチームメイトには、“坂本2世”と呼ばれるプロ注目のショート・武岡龍世選手や青森県大会6本塁打の近藤遼一選手、甲子園での令和初ホームランを打った下山昂大選手らがいます。

甲子園での令和初ホームランを満塁ホームランでド派手に決めた八戸学院光星の下山昂大選手。 下山選手は、県外からの野球留学生が多い八戸学院光星...

プレースタイル

後藤投手はマウンド度胸のいい技巧派ピッチャーです。
ストレートの最速は3年夏の甲子園で記録した142km/h。
スライダーやカーブ、チェンジアップなどの変化球を織り交ぜて、打たせて取るピッチングが持ち味。
後藤投手はよく“八戸学院光星らしいピッチャー”という表現をされます。
“八戸学院光星らしいピッチャー”とは、

・160センチ後半〜170センチ前半の中背
・右スリークォーター
・スライダーなど横系統の変化球が決め球
・1.1秒のクイック、牽制など投球以外の技術が高い

出典 高校野球ドットコム

2011年のエース・秋田教良投手、2015年のエース・中川優投手、昨夏のエース・福山優希投手などいずれも同タイプのピッチャーですね。
言い方を変えると、“高校レベルで勝ち方を知っているピッチャー”だと思います。

まとめ

後藤投手は怪我明けのためまだまだ無理はできません。
それでも、チームの日本一のために、できる範囲でベストを尽くすして、悔いのないように高校野球を終えてから、次のステージに進んで行ってほしいですね。

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