山田怜卓(八戸学院光星)は亡き友のために日本一を目指す!

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八戸学院光星の背番号1・山田怜卓投手。
最速145km/hのストレートを投げるサイドスローのピッチャーです。
今年の八戸学院光星は「絶対に日本一」と並々ならぬ決意を持って、甲子園に臨んできています。

その理由は山田投手の帽子に書かれた文字にあるそうです。
今回はそのあたりついても調べて見ました。

プロフィール

名前:山田 怜卓(やまだ りょうた)
出身:京都府向日市
身長:178cm
体重:74kg
投打:右投げ右打ち
ポジション:ピッチャー
経歴:向日市立第4向陽小学校→向日市立寺戸中学校→八戸学院光星高校

小中学時代

山田投手は小学生から「向日ウイングス」で軟式野球を始めました。

中学時代は、「京都東山ボーイズ」に所属。

中学卒業後は、青森県にある八戸学院光星高校に進学します。

高校時代

2年夏の青森県大会では背番号19を付けて登板。
2試合4回2/3を投げ、被安打0、与四死球1、失点0の好成績で優勝に貢献しました。

しかし、続く甲子園では先輩に譲る形でベンチ外。
スタンドで応援しながら
「来年こそは自分もマウンドに立ちたい」
と甲子園への想いを強くしました。

2年秋からはエースの後藤丈海投手に次ぐ2番手投手として、青森県大会&東北大会優勝に貢献。

東北大会終了後には、大肋骨を疲労骨折し、寝返りを打つと激痛が走るぐらい何もできない状態になりました。

しかし、山田投手は動けない時期にあえて食事量を増やし、7kgの増量を図ります。

そして、リハビリを終えてからは、ウエイトトレーニングに励み、ストレートの最速を138km/hから7km/hもアップさせることに成功しました。

3年春のセンバツでは登板機会はなく、1回戦敗退

3年夏の青森県大会では背番号10を付けて臨みます。
4試合、7回1/3を投げ、9奪三振、0失点の活躍で2年連続の甲子園出場を果たしました。

甲子園からはエースの後藤投手が右ひじの負傷したこともあり、背番号1を付けて登板しています。

帽子の文字

山田投手の帽子には「吉川と一緒に甲子園」と言う文字が書き込まれています。

この吉川とは、昨年8月に脳腫瘍で他界した同学年投手・吉川智行さんのことです。

吉川さんと仲が良かった山田投手は甲子園の初戦でピンチを迎えた時には、
目を閉じて「吉川の分まで」とつぶやきながら、深呼吸をすることで乗り越えました。

吉川さんのためにも今年の八戸学院光星は簡単に負けるわけにはいきませんね。

プレースタイル

山田投手は最速145km/hのストレートを投げる右サイドハンドのピッチャーです。

ストレートの回転数は2300超で投手陣トップ!

球速だけでなく、球の質とノビにも自信持っています。

変化球はスライダー、チェンジアップ、スプリット、ツーシームなど。
遠投100m。
50m6秒7。

まとめ

今年の八戸学院光星は、“坂本2世”と呼ばれるプロ注目のショート・武岡龍世選手や青森県大会6本塁打の近藤遼一選手、甲子園令和初ホームランの下山昂大選手などがいて、打線は全国トップクラスです。
初の日本一になれるかどうかは、投手陣の頑張りにかかっています。これから勝ち進むにつれて、ますます山田投手の活躍が重要になってくると思いますね。

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