岡田佑斗(宇部鴻城)の甲子園史上初の記録とは?進路についても!

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宇部鴻城の背番号8・岡田佑斗選手

ピッチャー兼外野手として活躍する二刀流選手です

2019年夏の甲子園では、「1番・投手で出場し、ホームランを打つ」という春夏通じて史上初の記録を達成しています。

プロフィール

名前:岡田 佑斗(おかだ ゆうと)
生年月日:2001年5月15日
出身:山口県下関市
身長:178cm
体重:78kg
投打:右投げ左打ち
ポジション:外野手兼投手
家族:両親と弟、妹、祖父母
趣味:バドミントン
経歴:下関市立吉田小学校→下関市立木屋川中学校→宇部鴻城高校

小中学時代

岡田佑斗選手は小学1年から「イーストウインスポーツ少年団」で投手として軟式野球を始めました。

中学時代は軟式野球部でプレー。

中学卒業後は宇部鴻城高校に進学します。

高校時代

高校では2年秋には背番号11での控え投手としてベンチ入り。

その後、腰を痛め、野手に専念します。

3年春の山口県大会で敗れた後、尾崎公彦監督から投手復帰を打診されましたが、「野手一本で行きたい」と一度は断りました。

それでも
「投げられないわけではなかった。なんで自分はセンターだけなんだろう?大会に入って1、2回戦を僕が投げられたら他の投手が休養できるんじゃないか」
と思い直して、5月上旬に復帰を志願。

3年夏の山口県大会では、背番号8センター兼投手として出場します。

野手としては23打数7安打3打点、1本塁打

投手としては、4試合に登板し、初戦で完封するなど23回を投げ、8奪三振、2失点と投打で活躍し、優勝を達成しました。

甲子園史上初

甲子園では初戦の宇和島東戦に1番・ピッチャーで先発します。

岡田佑斗選手は13安打を浴びながらも12三振を奪い、3失点完投勝利!

打つ方でも5打数3安打2打点、第3打席ではライトスタンドにホームランを放っています。

「1番・投手」でスタメン出場した選手がホームランを記録したのは、長い甲子園の歴史の中でも春夏通じて初の記録でした。

さらに「1番・投手でホームランを打って、しかも完投」というのになるとプロ野球でも誰もやったことがない大記録とのこと。

これぞ二刀流といった感じの大活躍でしたね。

※大谷翔平選手は2016年7月3日のソフトバンク戦で1番ピッチャーで出場し、先頭打者ホームランを打っていますが、この時は投手としては8回無失点で交代しているので完投は記録していませんでした。

プレースタイル

岡田佑斗選手外野手兼投手の二刀流選手です。

ピッチャーとしては130キロ台のストレートを投げ、打たせて取るピッチングが持ち味

非常にテンポの良いピッチャーで、そのあまりの早さに途中審判から止められることもあります。

動画があったのでこちらを↓

捕手返球から2秒で投球動作開始、開始3球で抗議2回!!間合いを取るどころかサインも見る暇なし!明石商業を苦しめた超投げ急ぎ投法!宇部鴻城 岡田佑斗投手!

また、とてもコントロールが良く3年夏の山口県大会ではわずか23イニングを投げ、わずか2つしか四死球を許していません。

野手としては俊足強打の外野手です。

50メートル6秒3のスピード活かしてチームではセンター&一番打者を任されています。

ピアノが得意

岡田佑斗選手のマルチな才能は野球の二刀流だけに止まらず、ピアノの腕前もすごいそうです。

母・由妃さんが妹に習わせたいと教室に連れていったところ、妹よりも当時5歳の岡田佑斗選手「となりのトトロを弾きたい」と夢中に。

それ以来、野球と並行して中学3年生まで続け、小学校では卒業式の伴奏も務めました。

初めての甲子園で活躍しても「いつも通りでした」と言ってのけた岡田佑斗選手の強心臓は、子供の頃から人前で演奏していたことによって養われたのかもしれませんね。

まとめ

岡田佑斗選手の将来の夢は「社会人野球の選手」です。

プロ野球ではなく「社会人野球の選手」というのが少し、珍しいですね。

岡田佑斗選手でしたらプロでもやっていけそうな気がしますが、社会人に進んでも活躍を続けてほしいですね。

※追記 将来の夢を社会人野球の選手と言っていた岡田佑斗選手ですが、高校卒業後は神奈川大学に進学しています。

社会人入りは大学卒業後でしょうかね。

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