平泉遼馬(関東一)は強打のファースト!甲子園で亡き父に捧げるホームランを放つ!

スポンサーリンク

関東第一の4番打者・平泉遼馬選手。
今年の東京を代表する右のスラッガーです。
3年夏の甲子園の初戦ではバックスクリーンに叩き込む特大のホームランを放っています。

プロフィール

名前:平泉 遼馬
生年月日:2001年9月13日
出身:東京都大田区
身長:176cm
体重:80kg
投打:右投げ右打ち
ポジション:一塁手
家族:母、妹
経歴:大田区立雪谷小学校→大田区立雪谷中学校→関東第一高校

父と母

平泉選手が野球を始めたのは野球好きな両親の影響です。
愛知県出身で中日ファンだった父・克則さんは平泉選手の試合を必ず見に来てくれていました。
しかし、小学4年の時に心筋梗塞で42歳の若さで突然亡くなりました。
それ以降、母・貴子さんに女手一つで育てられています。
当時の平泉選手の様子について貴子さんは
「『野球があるから大丈夫』と言っていました」
と振り返ります。
きっと平泉選手は、父を亡くした悲しみを野球に打ち込むことで、忘れようとしていたんでしょうね。

小中学時代

平泉選手は小学2年生からら「雪谷スターズ」で野球を始めました。
中学時代は「世田谷西シニア」でプレー。
中学3年生の時には全国大会にも出場しています。
中学卒業後は、関東第一高校に進学。
関東第一はオコエ瑠偉選手(現・楽天)が3年だった2015年に、夏の甲子園でベスト4入りを果たしています。
当時中学2年生だった平泉選手はそれを見て
「関東第一の野球は全国で通用すると実感した」
と、同校への進学を決断しました。

高校時代

高校では2年春からベンチ入り。
2年秋からファーストのレギュラーを獲得します。
3年春の東京大会では4番打者としてベスト4入りに貢献。
3年夏の東東京大会では、22打数11安打8打点、2本塁打と打ちまくり、3年ぶりの優勝を達成しました。

続く甲子園では初戦で日本文理高校と対戦。
2点を追う3回裏に特大のホームランをセンターバックスクリーンに叩きこみます。
「あれが勇気を与えてくれた。4番のバッティングをしてくれた」
と関東第一の米沢貴光監督が言うように、この一撃が反撃ののろしとなり、そこから逆転!
一度は逆転されますが、再び逆転して10対6で勝利しました。

プレースタイル

 

平泉選手は高校通算37本塁打の強打者です。
特筆すべきことは、ホームランのほとんどは2年秋以降に記録したものだということです。
1年弱で37本はかなりのハイペースですね。
ファーストストライクから振っていく積極性が持ち味ですが、ただ闇雲に振り回しているわけではなく、東東京大会で5割の打率をマークしていることからもわかるように確実性も兼ね備えています。

まとめ

甲子園でのホームランについて
「甲子園で打つのが夢だった。小さい時に見た父の本塁打の弾道に似ていた気がした。ホームランボールは、今まで見守ってくれた母に渡したい」
と言う平泉選手。
野球を教えてくれた亡き父のためにも、女手一つで育ててくれた母のためにも4番打者として打ち続けて、日本一を達成してほしいですね。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする