重宮涼(明石商)は主将退任の危機を乗り越え日本一を目指す!弟も凄い!

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明石商業の主将・重宮涼選手。
勝負強い打撃が持ち味でクリーンナップとしてチームを引っ張っています。
また、主将としても責任感が強く、部員からの信頼の厚い選手です。
もっとも、明石商業野球部には部員111名もいて、まとめるのにかなり苦労されたようです。
今回はそのあたりについても調べて見ました。

プロフィール

名前:重宮 涼
出身:兵庫県明石市
身長:178cm
体重:77kg
投打:右投げ右打ち
ポジション:三塁手
経歴:明石市立大久保中学校→明石商業

小中学時代

重宮選手はソフトボールの経験が長く、本格的に野球を始めたのは中学1年生からでした。
西武の源田壮亮 選手など優れた内野手には、小学生時代にソフトボールをやっていた人が多いですね。
野球よバッターとの距離が近いので反射神経などが養われるそうです。

高校時代

中学卒業後は、地元の明石商業に進学。
今では178cm77kgのがっちりした体格の重宮選手ですが、高校入学時は体の線が細く、硬球に慣れていないこともあり、引け目を感じていました。
それでも、地道な練習で技術を向上させるとともに、体重も増やしていきます。

2年夏の西兵庫県大会にはサードのレギュラーとして出場。
打順も主にクリーンナップを任され、23打数7安打2打点、打率.304の活躍で初優勝に貢献しました。
続く甲子園1回戦では5番サードで出場。
八戸学院光星の投手陣の前に4打数0安打に抑えられ、チームも延長10回8対9で敗れました。

主将

2年生秋の新チームからは主将に就任
チームは秋季兵庫県大会優勝近畿大会準優勝を果たして、翌春のセンバツ出場を確実なものとします。
その一方、重宮選手は近畿大会準々決勝で捕球時に右肩を負傷
チームに心配をかけたくないと思いから、けがのことは部員の誰にも言えずにいました。
自らは参加できない練習メニューもある中、主将としてやる気が感じられない選手には注意しなければならず
「もどかしかったし、何度も主将を辞めたい」
と思ったそうです。

それでも、怪我が癒えたセンバツでは、全4試合に3番サードで出場。
16打数6安打5打点、打率.375の好成績でベスト4入りに貢献しました。

センバツ終了後にも、再び主将としての試練が訪れます。
明石商業の野球部は111人もいるため、必然的に多くいるメンバー外の選手たちのモチベーションが落ちたりして、チームはバラバラになっていきます。
主将の責任として悩んでいた重宮選手が、6月の練習中、涙を流しながらノックを受けていていると、浦井部長から
「主将を辞めちまえ!」
と言われてしまいました。
重宮選手は頑張っているのにかわいそうですね。
実際、副将の水上桂選手が代わって主将になる話まで出ました。
しかし、最後は重宮選手が全部員を前に話をする機会をつくり、
基本がおろそかになっていたチームメートに対して
「小中学生でもやっている、例えばグラウンドまで走るとか、絶対声を出すとか、基本的なことからやり直そう」
と呼びかけます。
重宮選手の言葉にチームは再び一つになり、夏の兵庫県大会優勝を達成!
3季連続となる甲子園出場を果たしました。

高校の同期のチームメイトには日本代表にも選ばれている水上桂選手らがいます。
水上選手についてはこちらを→水上桂(明石商)は母親想いのイケメンキャッチャー!兄もすごい?

プレースタイル

重宮選手はミート力に優れた勝負強いバッターです。
なんと重宮選手は高校3年の夏は兵庫県大会から甲子園準々決勝まで、一度も三振をしていません!
イチロー選手みたいですね!
サードの守備も左右の動きも軽快で、送球も安定しており、高校トップレベルの守備力を誇ります。

性格は、母・直子さんが言うには「常に前向き」

重宮選手の3学年下の弟・悠さんも大久保中学校で軟式野球をやっています。
今年の春には「中学野球の甲子園」とも呼ばれる全日本少年春季軟式野球大会に出場しました。
兄については
「兄は自分にとって偉大な存在」
と語っています。
きっと来年には明石商業に入って、兄のようにチームを引っ張ってくれるはず!?

まとめ

重宮選手のグラブには、どんな時でも思い切りやるという意味を込めて
「我武者羅(がむしゃら)」と刺繍がされています。
父・秀人さんから「ダサい」と言われたそうですが、これからもがむしゃらなプレーでチームを引っ張っていってほしいですね。
日本一となって、これまでの苦労が報われるまで、あと少しです。

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