永田裕治監督(U18日本代表)の経歴がすごい!報徳学園を辞めた理由は?

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U-18日本代表の監督を務めている永田裕治監督
2017年までは母校・報徳学園を率いて、夏7回、春11回も甲子園出場に果たしています。
2002年には大谷智久投手(現・ロッテ)を擁してセンバツ優勝を達成!
永田監督は自身の現役時代にも甲子園優勝しており、選手と監督の両方で日本一を経験している輝かしい球歴を持つ監督です。

プロフィール

名前:永田 裕治(ながた ゆうじ)
生年月日:1963年10月18日
出身:兵庫県西宮市
家族:妻、娘
経歴:報徳学園→中京大学

現役時代

永田監督は報徳学園出身です。
高校時代の同期のチームメイトには元プロ野球選手の金村義明さん(近鉄→中日→西武)らがおり、甲子園には3年春と夏の2度出場しています。
3年春のセンバツでは、1回戦で槙原寛己さんがいた愛知代表・大府高校に3対5で敗れましたが、夏の甲子園では全国制覇を達成しました。

高校卒業後は、中京大学に進学し、野球を続けました。

指導者時代

大学卒業後は大阪市立桜宮高校の野球部のコーチを経て、1990年から報徳学園野球部のコーチ、1994年4月から報徳学園野球部の監督に就任しました。

就任した翌年の春のセンバツに出場すると、以後もコンスタントに甲子園に出場。
計夏7回、春11回チームを甲子園に導いています。
さらに2002年は大谷智久投手(現・ロッテ)を擁してセンバツ優勝を達成!
選手時代に続いての日本一を果たします。

そんなすばらしい実績を残している永田監督ですが、2017年春のセンバツを最後に報徳学園の監督を勇退されました。
高校野球の監督としては脂の乗り切った53歳という若さでの退任は、驚きを持って世間に受け取られました。
気になる退任の理由については
「いい形でバトンを渡したかった」
と述べられています。

報徳学園の大角健二現監督は、永田監督の教え子です。
高校3年生の時には主将として甲子園春夏連続出場を果たしています。
大角監督の監督就任時の年齢は36歳
確かに高校野球の監督を始めるにはちょうどいい年齢ですね。
さらに、当時の報徳学園の2年生には小園海斗選手(現・広島)がいて戦力的にも充実していました。
実際、就任1年目こそは甲子園出場を逃していますが、就任2年目の夏には甲子園に出場!
甲子園でもベスト8に入っています。
さもしい監督ならば、甲子園に出られる可能性があるなら監督を続けて、出場の可能性がないならば、辞めるという人もいるかもしれません。
その点、永田監督の去り方は、後任のことも考えていて、本当に潔かったですね。

兵庫県の強豪・報徳学園の大角健二監督。 春夏通じて18回も甲子園に出場した名将・永田裕治前監督の後を受け、2017年から監督に就任しました...

報徳学園の監督を退任後は、2018年から2年間の任期でU-18日本代表の監督に就任。
代表監督に選出された理由については
「選手としても監督としても報徳学園で全国優勝を経験されているし、実績、手腕、選手を見る目が非常にすぐれている」
と日本高野連の関係者は話されています。

主な教え子

長年、強豪校を率いていた永田監督の教え子には、プロ野球選手がたくさんいます。
現役だけでも、山崎勝己選手(オリックス・バファローズ)、大谷智久投手(千葉ロッテマリーン)、田村伊知郎投手(埼玉西武ライオンズ)、岸田行倫選手(読売ジャイアンツ)、小園海斗選手(広島東洋カープ)らが永田監督の教え子です。

まとめ

永田監督のU-18の任期は2019年までで、それ以後のことは何も決まっていません。
2019年のU-18ワールドカップの結果次第では、任期の延長もあると思われます。
永田監督には代表の監督を辞められたとしても、どこかの高校や大学で、監督としての雄姿を見せてほしいですね。

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